帝国劇場にてミュージカル「マリー・アントワネット」を見る

 興味のある題材ではあるがどうなんだろねー、と思っていたのだが、カリオストロ狂言回しになってるそうだ、という話を聞いて俄然興味を持ち、見に行ったのだった。
 うむうむ。回り舞台の使い方とか、奥行きを使った群像とかで愉しかったんだけど。でもつい、かねて興味関心がある題材だけに、余計なテコ入れを考えてしまうのだった。
 まず、細かい史実はかなりぶっとばしている。それはまあいい。王妃マリー・アントワネットと対立・対比するキャラクターとして、革命のヒロインともなっていく市井の娘・マルグリット・アルノーを設定する、というのもよろしい。
 一番の問題は多分、全体として見ると、なんだか「王妃マリー・アントワネット」の話じゃないってことなんだな。貧しさと惨めさから王妃を憎むヒロインの話、と言えなくもないけど……どっちかというと、フランス革命を巡る群像劇というか。
 で、気になっていたカリオストロ。お歌とか雰囲気とか、それ自体は大変良かったですが、かなり独自の立ち位置になっている。狂言回しと言うなら、オルレアン公の手下として登場するボーマルシェ(何故か関西弁ぽい)の方がずっと狂言回しらしいし。キャラクターとしてのカリオストロは、人物でさえない、運命自体の象徴というか。一人コロスというか、むしろ「朗々と歌う大道具」。だって、ほとんど他の人物とは絡まないし。(首飾り事件の仕掛けのことで、ちょっとボーマルシェと会話するくらい)
 史実では、カリオストロも首飾り事件の被告として逮捕されてるんだけども、その下りもなし。そこまで触れるとなると結構ややこしい話になるからか。実際、あの人間関係入り乱れる首飾り事件の仕組みをどうやって説明して見せるのか、と思ったけど、かなり駆け足ながら見せてはいましたな。ロアン大司教もジャンヌ・ド・ラ・モットも一応登場するし。ただしジャンヌは、ロアンをそそのかした愛人としてちょっと出るだけで、事件への関わり方についての説明は一切なし。(本当の黒幕は別にいる、という設定だからか)ついでにヒロイン・マルグリットは、この事件では替え玉ニコル・ド・オリヴァ嬢の役を振り分けられている。まあオリヴァ嬢については「パリの娼婦だった」以上の情報はほとんどないらしいので、そういうことも出来なくはないだろうけど、私の知ってる余計な史実として、事件の裁判当時オリヴァ嬢は出産したばかりで、法廷で証言する前に赤ん坊に乳をやる許可を求めたりしたそうだけど。
 ここで逮捕もされない以上、事件の背後で糸を引いている、なにやら人間離れした「錬金術師」がカリオストロである必要はないんである。でもここは、「首飾り事件」といやあカリオストロ、ということになっているから仕方がないのだろう。当時、デュマやゲーテの著作からして既に、カリオストロと言えば反体制のピカレスク・ヒーローだったのだ。(と、種村先生も書いている)ただしこのミュージカル中での「カリオストロ」は、イメージとしてはむしろサン・ジェルマンに近い。1791年のヴァレンヌ事件についても、後ろに立って余裕で歌ってるし、王妃の処刑の場面でも隅に立って見守っているし。実際のカリオストロは、1789年にローマで逮捕されている。1791年頃はもう終身刑を言い渡されて、看守達に散々な嫌がらせをしながら晩年の獄中生活を送っていたはずなんである。――勿論、そんなのは替え玉だった、とかいう説もあるわけだし、記録に拠ればサン・ジェルマンもこの随分前に死んでる筈ではあるけど。
 まあカリオストロの造形は大変印象的なんだけども、黒幕としてはちょっとオルレアン公とイメージの被るところがあるのが気になる。その分オルレアン公の造形の滑稽味を増してるんではあろうけど、ちょっと話の割にキャラクターが多いかな、とも。
 あと、ヒロインの「父の歌」でやろうとした設定が今ひとつ良く分からなかった。多分何か因縁話だったと思しいし、ヒロインが王妃に気持ちを寄せていくきっかけにはなっているようだけど、最終的にはっきりした説明はないような。(ちなみにマリー・アントワネットの父神聖ローマ皇帝フランツ1世は、アントワネットの結婚より前、10歳の時に既に故人)
 やっぱり一番引っかかるのは、前半の王妃の描き方があまりにも軽い、ってことかな。確かに頭が軽くてわがままで派手好きな小娘、ではあろうけども、後半の、革命の惨禍に耐えて誇り高く、というのとのギャップがありすぎて。フェルゼン伯との恋に溺れてます、から突然、息子の病気と死に打ちひしがれる、という話になっちゃってるし。
 ミュージカルだと台詞の量に制限のある都合上、ラノベのように(下手するとラノベよりも)分かりやすくなっちゃうのはまあ仕方ないにしても、できればもうちょっとなんか仕込んで欲しかったよな、と思うのだった。終盤あたりはかなり渋く堪能したんですけどね。それはやっぱり、酷い話になってたからかしら;
 これどのくらい原作に沿ってるんでしょうなあ。大遠藤がこんな話にしたとも考えにくいから、やっぱりかなり脚色してるんでしょうか。――とか言ってないで、読んでみるかな、この機会に。

王妃マリーアントワネット(上) (新潮文庫)

王妃マリーアントワネット(上) (新潮文庫)

王妃マリーアントワネット(下) (新潮文庫)

王妃マリーアントワネット(下) (新潮文庫)

#思い出したので追記:あと、小道具として出てくる「王妃の首飾り」のショボさはなんとかしてくれと。や、あれは史実の方が凄すぎたとは言うけども、国家予算を傾けかねないほどの無駄な豪華さだったことは強調してもいいと思うのよ。(参考:この岩波現代文庫のページ真ん中あたりに図が)現に「ルパン」では、カルティエの協力でかなり頑張ってたし。しかも、そのショボい小道具のレプリカを売店で売ってたりするとあっては……m(T△T)m