川崎市総合福祉センター(エポックなかはら)にて「立川志の輔独演会」を聞く

 志の輔師匠を生で聞くのは初めてなんである。志の輔師匠の落語会は人気が高いだけあってチケットもちょっとお高いので二の足を踏んでいたのだが、何故かこの独演会は割安だったのだった。でも申し込んでも取れないかなー、と思いつつ申し込んでみたら取れちゃったのだった。らっきー。
 しかも演目が、以下の通り。

 (仲入り)

 「バールのようなもの」は聞きたかったのよ〜! 清水義範の原作も持っていて読んでいる。(ただし、志の輔師匠は「清水義範さんのエッセイ」と仰ってたけど、あれはほんとのとこは「エッセイのふりをして書かれた小説」ですから!!)
 それはさておき、各演目について。前座で出ていた志のぽんは、志の輔の五番弟子なんだそうで、地味な顔をした(ので、名前はインパクトがあるけど顔が覚えてもらえない、とのこと)青年で、「金明竹」も最初の方はかなりぎこちない感じだったのだった。(といっても、このへんに書かれてる下りのうち、掃除をさせる下りと猫を貸せと言われて断る下りを端折り、いきなり与太郎さんが店番させられるところからはじまって傘を貸し、すぐ主人がでかけるという流れになっていた)しかし、上方訛りの道具屋の使いの男が入って来て、入手した古道具に付いての話を立て板に水とまくしたてる下りになると、やたらと調子がいいんである。やるじゃん、と思ったらこの噺、この下りが4回は入るんである。うおお。
 そういうわけで尻上がりに調子を上げ、前座もかなり笑いをとって志の輔師匠へ。
 ええと、出てくると枕の頭は「GMの国有化が決まったというこの日に、ようこそいらっしゃいました。」いや時事ネタを持ってくるのはよくあることだけどね、何がどう関係あるのかよくわからーんっ。そして、なんでも志の輔師匠はこのたび「喫煙やめてほしい著名人」ランキングで1位になったんだそうで、おめでたいのやらおめでたくないやら、とのコメント。なにしろ昨今、喫煙者はより一層迫害をうけるようになっちゃってるんだそうで。とはいえ、喫煙者なんてのは煙草をやめたいけどもやめられない病気なんだから、障害者として労ってくれてもいいじゃないか、と師匠はおっしゃるのだった。ううむ、そのように話が進むとなんだかそんな気がしてくる、噺家ってなすごいもんですなあ。(そうか?;)
 ついで、薬事法の改正で薬の売り方が変わって何が何やらわからーん、という話から、いつの間にやら落語に入っている。どうやら素朴な疑問を尋ねる男と、それに答える男(前者が大工の八っつぁん、後者がご隠居さん。ただしご隠居さんの答えは相当こじつけっぽい)をのやり取りになっている。蚊に刺されるとなんで痒いのか、ライオンは何で頭だけ大きいのか、キリンの首が何で長いのか、等等の前振りの後、いよいよ「バールのようなもの」。
 で、聞いてみると。落語「バールのようなもの」は、小説「バールのようなもの」を原型としながらも、それに納まらない展開をとげていたのだった。勿論「バールのようなもの」って何さ、バールとは違うのか、ニュースの婉曲表現か、とか、小説にも出て来た、日本語表現における「〜のようなもの」は、「〜」ではないものを指す、との主張を展開する。(例:「女のようなやつ」、「ダニのようなやつ」、更には「肉のような味」、「まるで夢のような」を引き合いに出す)しかしながらそこで、質問者八っつぁんが、実は今、行きつけのスナックの女の子との仲を奥方に疑われて機嫌を損ねていて――、というあたりからちょっと展開が違ってくる。ああそう、「ような」は「妾」に使うとまた意味違うんすか; むむう、こじつけ臭いが、妙に納得してしまうよ、天晴れ天晴れ。
 さて、仲入り後は打って変わって、東海道、丸子の宿、日陰村の庄屋宅と、江戸浅草並木のお茶屋にまたがる人情話――と思ったら、終演後のご挨拶で仰るには、3、40年前に書かれた、宇野信夫作の新作落語なんだそうである。(参考ページ志の輔師匠は宇野信夫作品はみんな落語でやりたいくらい好きなんだそうだが、この噺も滅多にやらなかったんだそうですけども。
 いやでも、ちょっと泣かされちまいましたよ。ちょっと動作の間を長く引っ張るところが多かったけども、その引っ張られる間の沈黙のあいだ、900人を越える観客からはしわぶき一つなし。みんな固唾を飲んで見守っちゃうんである。
 ――しかし、難を言えば。今回の志の輔師匠の話し方では、冒頭の庄屋がどこにあるのか分からない。実際は東海道は丸子の宿(つまり現在の静岡県、有名な茶所であって、しかし宇治茶にはかなわないとされてるあたり)ということは、江戸のお茶屋で名乗る下りで出てくるけれども、ほとんど聞きのがしそうなくらいなんである。
 いや、多分これも、説明しすぎては野暮になる、との考えではあろうけども。(そういやこの噺の枕は、加賀の千代女の句碑の表記が「あさがお つるべとられて もらいみず」になっていたが、これは推敲で敢えてそうしたんだそうな、という話でしたが)しかしお茶の話で舞台が特定できないというと、サゲが分かり難すぎるような気も。ましてやこの先、東海道と言えば静岡あたりで、茶所なんだ、という予備知識のない若いもんが増えて来たらどうなっちゃうのか、と考えると、なお一層悩ましいところでございますね。

 ともあれ独演会は大変楽しかったので、またなんとかチケットを取って志の輔師匠を見に行きたいと思うことでありますよ。しかし禁煙はともかくとして、体調は大丈夫なんだろか。いや、塩辛声はおそらく地声なんだろうけども(どうだろ? 煙草のせいばかりでもなく、仕事柄喉を酷使してるからなんだろか?)、この独演会の最中に、時々ちょろっとお疲れのようなご様子が見えて気になったもので。
 米朝師匠みたいに人間国宝になるまで、とは言いませんが、長く頑張ってほしいものでありますよ。

志の輔 らくごBOX

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志の輔旅まくら (新潮文庫)

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