よみうりホールにて立川談春独演会を見る

 話芸を堪能する。
 や、やっぱりうまいわ〜。大工の棟梁が立て板に水と長い長い啖呵を切るところでは、一区切り終えたところで拍手が出ちゃったよ。
 中盤、ゲストで月亭可朝が出てきて驚いた。
 ストーカー容疑で逮捕(罰金30万だそうな)とか以前野球賭博で逮捕、とか、横山ノック元知事の痴漢容疑で逮捕なんてのもネタにしていた。ううむ、しかし痴漢とかストーカーのネタは、ちょっとえげつない気がするな。被害者側からしたらとても笑えんだろうし、なんというか言い訳がましい感じはするし。
 その後談春師匠との対談コーナーでは、主に選挙とか米朝師匠の人間国宝とか、賭博(談春師匠も相当にはまりこんでいる。が、芸の役にはなんにも立たないらしい)とかが話題になっていて「いやここは、あとの打ち上げで」むにゃむにゃ、とかいうことになっていた。
 まあこの博打の話は、売店で仲入りのみ販売していたこの本↓(たぶん)の宣伝でもあったのだろう。本に書けないであろうヤバい話が多分にまじってはいたけども。

 むー、しかしあの話から師匠が捕まったらやだなあ。噺家はいつでも刑務所に慰問に行けるけど、噺家が刑務所に入ったら客が聞きに行くわけにはいかないのだ。
 さて、今回の演目は以下の通り。

  • 大工調べ 談春
  • 世帯念仏 可朝
  • 対談

(仲入り)

 たぶん狙ってるんだろうけども、対談で散々賭博はおもろいで〜、ヤクザの借金取りに寄席まで追ってこられても、とかいう話をした後で、親父が博打で借金こさえて娘が自ら女郎屋に自分を売りに行き、女郎屋のおかみさんが、娘をかたに金は貸すけど素人が博打にはまるってなこのように愚かなもので、とびしびしとお説教をするので親父は小さくなる――てな噺をやるんである。おそろしやおそろしや。
 しかしあんな噺をあんなふうにやりながら――いやもう、中盤親父が、折角貰った金を見ず知らずの若者の身投げを止めるためにくれてやる下りで、「金のために死んじゃダメなんだよ」とか威勢良く説教しながらふと、「オレは誰に言ってるんだ、畜生」とかべそかくんであるよ。この揺れ具合がなんとも――それでもリアルな自分の生活ではギャンブルはやめられないとは、なんと業の深いことでありましょうか。
 で、後で青空文庫にあった「文七元結」見てみたんだけどね。今回聞いたのは、間に色々と脚色入ってます。まあ談春師匠だけのアレンジじゃなくって、圓生などの色んな人がやりながら加えたものなんでしょうけども。
 アレンジされている点を挙げると、

  • 冒頭はいきなり長兵衛夫婦の会話からはいる。登場人物が達磨横町の左官の長兵衞とその妻であることは、会話の中で追い追い語られる。だから冒頭の段階で長兵衛が尻の出る半纏一枚という姿なのは、出掛けというので女房の着物を剥く段になってようやく明かされる。
  • お久の行く、女将の女郎屋の名はここでは「佐野槌」になっている。(このバージョンで演じられることもままあるとはWikipedia「文七元結」でも触れている通り)
  • 女将に会いに行くまでの間に、藤助が長兵衛のなりに同情して、自分の羽織を貸してくれるという下りが入る。女将も長兵衛のなりを見て「その羽織はうちの藤助のもんだろ?」とつっこむ。女将の前から出た後でも、藤助が長兵衛を気遣って声をかけ、しかし「じゃあ羽織返して」と言う下りが入っており、藤助がただの使い走りでなく、無骨そうだが情のあるらしき人物として演出されている。
  • 女将の元にいるお久を見て長兵衛が「字が書けないわけじゃなしここに来るなら一言書いておけばいいのに」と言い、また「なんてなりだい、あの、箪笥の三番目の右っかわに入ってるの、着てくればよかったろうに」(見栄?;)と言って、女将に「お前さんこそなんだい。その箪笥の三番目のを着てくれば良かったんじゃないかい?」とつっこまれる。
  • 女将が長兵衛に借金の額を聞き、金(ここでは五十両になっている)を渡してやるまでの間に、五十両とは感心した、いや博徒の親方というのは返せる程度の金しか貸さないものだから、親分があんたに五十両の値をつけたのだ。というのと、仕事でやっているばくち打ちは決して負けない、ここぞというところではいかさまも使って必ず勝つ、勝ったり負けたりしているあんたは遊び人でしかない、等の話をして諭す。また、お久の台詞はなく、全て女将がお久に聞いた話として代弁する。
  • 借金の期限を決めるのに、最初長兵衛は「花の咲く頃には」とか威勢良く言うが、「ほんとにそんな頃までに返せるのかい」とつっこまれ、「桜……牡丹……菖蒲……月が出て……」と弱々しくなっていき、最後に女将に言われて二年ということになる下りが入る。
  • 長兵衛が文七に出会う吾妻橋は、雪ではなくて靄がたちこめているということになっている。長兵衛が文七を止める台詞も、死にたきゃ死ね、でもお前が死んだって金が出てくる訳じゃねえ、それだけの大店なら、五十両の金をなくしたくらいで死ねとは言わないだろう。一度帰って頭を下げて、それでどうしようもなかったらそこで死ねばいい、と言う。しかし話すうちに、金のことぐらいで死んじゃいけねえ、笑われても詰られても堪えていかなきゃ――と、話すうちに長兵衛自身が我が身を振り返って狼狽えはじめる。
  • 文七の財布が変わっていることの言い訳の下りは抜けている。代わりに碁に夢中になって財布を落とし、時間を言われて慌ただしく帰った下りが詳しくなっている。また自分の粗忽を知らされた文七は、事情を話す前に動転して、「不動様と観音様とどっちが効くんでしょう!」と叫び、事情を話すにも「女の着物を着た汚い変な人がくれた」とまず言うので余計に訳がわからなくなる。また、金をくれたのはどこの誰だかわからない、娘の名前と女郎屋の名前も、聞いたが思い出せない、という文七に、番頭が「五十両と言えば大金だ、小商いじゃない」と言って、吉原の大店の名前を次々挙げていく。お陰で首尾良く文七は「佐野槌」の名前を思い出すが、端で聞いていた旦那は「お前随分と吉原の店に詳しいね……」と呆れるという演出になっている。
  • 終盤、請け出されて家に帰ってきたお久に、女房は尻の出る半纏姿のまま、喜びのあまり飛び出してきて親子三人抱き合うという形になっている。また帰ってきたお久は女将の手で花嫁衣装のこしらえをされている。で、後日談として、後に文七がのれん分けして出した鼈甲の店で、新案の元結が大いに受けて繁盛した、という下りがつく。

 談春師匠の得意とする演目の一つらしいのだが、こういう話は、特にこういう景気の悪い年の瀬に聞くと効くなあ。たぶん世の中には、この不況で、年の瀬だってのに仕事なくしたりローンが返せなくなったりして、首でも括っちまおうかと考える人がそっちこっちにおられると思うのよ。そういうところへもって、襤褸着てでも生きてなきゃだめなんだよ、畜生オレは誰に言ってるんだ、という長兵衛の台詞(談春演出では!)は滲みるのだね。
 しかし考えてみると、いくら異な縁とは言っても、見ず知らずの文七のところにいきなり嫁に行くはめになってしまったお久は、それはそれで随分気の毒な気がするけど。まあそういう時代だったんでありましょうけどね。
 その他、売店ではこのあたり↓を販売していた。 

赤めだか

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落語ファン倶楽部 Vol.6 (CD付)

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さだまさしトリビュート さだのうた

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立川談春“20年目の収穫祭”

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 ちなみに「赤めだか」は買って読んでる。「さだのうた」も買いたいとこだがなあ。