「12人の怒れる男」 を見る

 米国の名画をリメイクした、とはいってもだいぶん現代ロシアの事情を盛り込んで翻案したロシア映画ニキータ・ミハルコフ監督作品。 「イースタン・プロミス」を見たときに予告を見て気になってたんだけども、今週一杯で終わるらしい、というので急ぎ見に行った次第。
 やあ、これは面白いわ。いや面白いというのも妙だけども。チェチェン紛争とか経済状況が変わって激変するロシア社会とか民族の軋轢とか、いろいろ陰惨だったり陰鬱だったりする問題を扱ってるんだけども、ユーモアがうまいこと配合してあったりちょっとほろりとさせられたり。12人の陪審員達はみんなおっさんばかりなんで、絵柄としては地味な感じはするけども(そのためか、収監されている少年のカットや、少年の回想らしきチェチェンのカットが挟まれる)退屈している間はない。あのおじさんたち、おそらくロシアではいずれも名のある役者さんなんであろう――と思ったら、パンフ買ってみたらその通りで、陪審員2番/陪審長は監督ニキータ・ミハルコフ自身であった。
 オリジナル版の方は見てないんだけども、おそらくこの映画の独自のポイントとしては、それぞれの陪審員が他のメンバーの説得のために/あるいは単に脱線して、自分の身の上話や知っている人間の話を語り始めること。百物語いやさ夜話風というか、この作品はそういう小エピソードの数珠繋ぎの様相も呈している。
 口頭で語られる各人のエピソードや、ちょっとした身の上事情として触れられるもの、審理する事件に直接触れる推論なども合わせて、思い出す限り挙げてみると、

  • 外科医(パンフによると陪審員7番)――だと思うんだが、序盤でまだキャラクターが見分け着かない頃だったんで。恐らく位置から言って――のヤクへの嫌悪とその理由
  • 韻を踏む語を捜している男(陪審員9番)が天井パイプや窓の詰め物を指して語る、ロシアのシステムのどうしようもなさ
  • 技師(陪審員1番)が他のメンバーの説得のためにする「例えばスイカを買うとする」短い例え話。
  • 口髭の老人((陪審員5番。時々ベルが鳴り出すトランクを持ってる)の、電車で若者達にカツアゲに遭った話、と、その後の話
  • 「妻が居た」から始まる技師の身の上話
  • ユダヤ人の老人(陪審員4番)の、強制収容所での父親の恋の話
  • 半分ユダヤ人の旅役者(陪審員8番)の、「忘れられない笑い」の話
  • 口髭の老人の、配管工の叔父がテロリスト(立てこもり犯)と化した事件の顛末
  • 事件の夜、犯人と証人の老人がそれぞれどう動いたか、の実験
  • 大学学部長(陪審員12番。比較的大人しくて影は薄い)の、地方で書記をやっていた父親の話
  • カフカス出身の外科医の経歴、と自負。
  • タクシー運転手(陪審員3番)がテレビ局重役(陪審員6番)相手にやってみせる「実験」。(テレビでやったあるサスペンスドラマに似てるらしい)
  • 建築家(陪審員11番。や、作中で建築家だって台詞はあったかな?;この役者さんは「ナイト・ウォッチ」「デイ・ウォッチ」にも出てたそうだけども)による、養父が殺された理由と真犯人についての推論
  • 外科医による、カフカス(含チェチェン)の男のナイフの扱い方について
  • 韻を踏む語を捜している男(職業は墓地管理者)の、墓場で見られるやりとりの話
  • 技師による、証人の女性が嘘をついた訳についての推論
  • タクシー運転手の、息子との関係についての身の上話

 ……こんなとこだろうか。もっとあったような気もするのだが。
 その一方で、陪審長である老人(監督自身)は、自分のことをほとんど語ってないのだ。(あ、他に眼鏡で禿頭白髪の老人(陪審員10番)もほとんど自分の話をしてないな。口数は多かった筈なんだけど)「カフカスにもいたことがあるが」くらいで。引退前の前職についても、最後に明かすだけだし。
 最後に「全員一致で無罪」に至る所はオリジナル版と同じだけど、それが全くの晴れ晴れした「正しい選択」でもないあたりの苦みが現代的でもある。(あるいはロシア的なのかな?)しかし、最後のカットバックは時系列をちょっと乱してその後の流れも描いているので、いくらかの救いは描いている。(返り討ちにあうかという危険はまだあるし、まだまだ不安の多い状況には違いないはずだが)
 なんか、噛みしめると色々と味わいかたが多そうな映画でございましたよ。DVDが出たら見直してみるかな。
 その他気になったポイント。

  • 技師の身の上話は、青色発光ダイオード訴訟とかあの辺の話を元にしてるのかなあ。ロシアでもあるんだろか、そういう事情が。あっても不思議ではないような気がするけど。(しかしパンフを見たら、彼は現在は日本との合弁企業のCEOになってるという設定なんだそうな! 身なりが良いと思ったら!)
  • 少年の犬はやっぱり、あの時銃撃の中で死んじゃったんかな、と思うと哀しい。
  • 「そういうナイフは意外に簡単に手に入る」と言い出した技師に、「あんたが怪しい!!」と思ったのは私だけか; 回想シーンによると、ナイフ自体はやはり少年が持ってきた物だったらしいが。
  • ロシア人の養父に引き取られてモスクワに来ることを、少年がどう思ってたのかは良く分からない。銃撃を止めて迎え出てくれたのが有り難かったという描き方ではあるんだけども、散々見たチェチェン武装勢力の死体を作った側の人間ではあるし。ただ、少年の両親が完全にチェチェン武装勢力への賛同者だったとも描かれてないので微妙ではあるが。両親を殺したのがどちらの側なのかは、はっきり描かれてなかったと思うし。
  • 陪審員1番の老人は、もしかして故人と面識があったんかな、と思ったりもしたのだが、陪審の制度でそういう人間はまっさきに排除されるのではなかろうか。もっともこの陪審員制度の設定はロシアでの実状とも違うフィクションらしいので、融通/いい加減さもありかも。
  • ラストでトロフィーの間から技師が摘み上げる小さな聖像は何か意味があるのだろうか。雀とあいまって何やら象徴的な感じはしたのだが。