聞きかじりにもどかしく

 上記展覧会の会場でのこと。
 前を歩いていた見知らぬ中年の御婦人達が、一枚の絵を指して話していた。
「あらこれカラスミね」
カラスミ?」
「ええ、この赤いやつ。あの、食べるカラスミとは違うのよ」
「これは食べられないの?」
「確か、食べられないのね。すごく硬いから」
 そのご夫人達が去った後、見ていた絵を間近で見てみたところ。その絵に描かれていたのは、どう見てもカラスウリであった。
 「真っ赤だな」にも出て来るじゃん! あんたらカラスウリも見た事ないんかっ! どこにでも生えてるのに! 確かに食べられないけど、あの実は全然硬くないじゃん!
 ――と、見知らぬおばさまたちに言う訳にもいかず、ただもどかしさに身悶えすることであった。
 後で、あの集団の中にいた誰もカラスウリを知らなかったんかな、話しているお友達に気を使って言わなかっただけかなあ、などと色々考えたことであった。でもああいう場では「ああでもそれは」と早めに言ってあげる方が親切だと思うな……知ったなら、だけども。


「『ノーベリ』と言ってくれたまえ、ワトスン君。そうすれば大変にありがたいよ」
     ――シャーロック・ホームズ 「黄色い顔」より