リンゴに思う「指輪物語」

貰い物のリンゴを食べそびれていたら、既に何個か傷んでしまっているのに気付いた。
一部が傷んだだけのはこそげて無事なところを食べるが、まるまる一個駄目なのもある。ああ勿体ない勿体ない。(私は食べ物に関しては勿体ないお化けが憑いている)
無事だった残りのリンゴもちょっとずつ萎び始めているのだが。それを見ていたら、ふと原作の「指輪物語」を思い出した。

映画ではカットされたエピソードで(まあ入れようがないくらい些細な話なのだが)たしかローハンの城でのことだったと思うのだが。
オーク達から救い出されて連れてこられたメリー(か、ピピンも一緒だったか? うろ覚え)に、乏しい備蓄の中から出された食事にリンゴが入っている。季節の設定は冬の終わりあたりで、そのリンゴは「しなびてはいたがまだ充分甘かった」という。つましいながらも嬉しい持てなしだった、ということだろう。
なんということのない場面なのに、私がこのシーンを覚えていて好きなのは多分、生身の生活を感じるからだろう。あるいは単に食べ物が絡むからかな。
もしかすると英国人トールキンにとっては何の気なしに書いたごくあたりまえのことだったかもしれないが、「指輪」の原作には要所要所で飲み食いの話が出てくる。ホビットは一日六回食事するとかいうことになってるし。
でもおそらくこれが書かれた当時、普通の英雄譚や戦記物では、こういう庶民的な飲み食いの描写が入るのはそぐわないことだったんじゃなかろうか。それに地味ながらも重要な活躍をするのが、どう見ても「高貴」とか「高潔」とか「勇壮」といった言葉で連想される人種でないホビットである、ということも。
ホビット庄が農村地域であることからも分かるように、どう見ても彼等の位置づけは、良くて田舎郷士、でなければまるきりの労働者階級なんである。実際サムの職業は庭師だが、一巻の裂け谷に到着する前あたり、これもリンゴのエピソードで、ホビット庄では「庭師は尊重されている」と話している。考えてみればこれも、大変に英国的な設定ではある。
そういう中産階級以下のキャラクターが主役級の活躍をして、高貴な人々とも親しい誼を通じる、というのは、当時の英国人としてはかなり画期的な物語だったのだろう。
もっとも、東夷等の蛮族がモルドール側として登場するあたり、レイシズムの呪縛からは逃れられなかったようだけども。

しかしこういう諸々のことを確認するためには、やっぱり「指輪物語」全巻セットを持たなきゃだめだろうなあ。
恥ずかしながら、自分では持ってないのだ。以前読んだときは持っている友人に借りたのだった。
もう大人なんだから買おうと思えば買えるだろうが……映画のDVDもきっと完全版三巻セットで買うだろうし……ぐるぐる。