「ハンニバル・ライジング」を見る

 日本趣味の描き方がなんだかだ、という評判は聞いていたのだが、「羊たちの沈黙」からずっとレクター博士のシリーズを追ってきた者としてはとりあえず見る。
 ええとね。言われるほど悪くないです。ギャスパー・ウリエルは確かに「美しい殺人鬼」を好演してます。獲物を一人ずつ片付ける、殺しの――というか拷問の――シーンなどは、ちょっとどきどきしましたよ。(鬼畜にも。不謹慎ながら)童謡の使い方などは大変よろしい。私は今後、ヤマハ音楽教室のCM(「ドレミファソ・ラファミ・レ・ド」てやつです)を見るたびに、あのロープと引き歪んだ顔つきを思い出しそうですよ。
 ただ、「羊たち」のような、後年に語り継がれる傑作かというと。プロットや盛り込もうとした情感は悪くないので、「傑作になり得た作品」だとは思うんだけど。
 「ムラサキ」の名前とか鎧その他の飾り方、そもそも鎧をご先祖の祖霊として拝礼すること自体(鎧はあんまりご神体にしないんじゃないかなあ……奉るとしても「勇気をもらう」というより、どっちかというと鎮魂のため、か)等々、日本趣味の滑り具合には、まあ、なんとか目をつぶるとしても。(原作によれば――これも狡いよな、原作だと叔父はレクターのフランス到着時にまだ存命だし――ムラサキ夫人はフランス大使の娘で、欧州暮らしが長いらしい。のでずっと日本で育った日本人から見たらみょーな習慣もある、という解釈もできなくはない)なんというか、話を急ぎすぎて折角の情感を描き損ねてるところが多い感じ。
 話の構造から言っても同じシリーズのこれまでの作品のような謎解きにはならず、中盤以降は、戦後それぞれに成功してるらしき(略奪した金品で?)敵の逃亡ドイツ兵一味、および疑念を寄せるポピール警視との駆け引きや、復讐を思い止まらせようとするムラサキとの葛藤が主軸になっているわけだけど。いざ殺す段になるとハンニバルは単純に楽しそうで、まるっきり葛藤なんかなさそうだし。妹のため、とかいうよりはあんたもうただ楽しくてやってるでしょ、て感じなので、隠された事実が明かされても、彼には別に衝撃を受けるほどの葛藤は何もないんじゃ? という気が。このあたりのシーンも、すごく短く切り上げてるし。
 やっぱり詰め込みすぎたんじゃないかな。殺す人数をあと一人くらい減らして、その分それぞれの駆け引き―拷問―殺しの流れをもっと丁寧に描いても良かったんじゃないかと言う気がする。
 あと彼は、いつから人肉食に目覚めたんでしょうね。最初の復讐の後、前触れもなくいきなり食べてるし。――食べる復讐?

 そういうわけで、骨格は悪くないと思うので、できることならやり直しとか修正とかして貰えないかと。例えば、

  • 日本趣味のあの部屋の美術や台詞を見直して撮り直し。(剣道のシーンは悪くないと思う)日本刀を叩いた時の音の安っぽさは、特に何とかして欲しい(本物じゃなさそうでしたが?;)
  • ムラサキ夫人(名前をまず何とかして欲しいが、まあ;)の衝撃や葛藤、内面の描写をもうちょっと入れる。
  • 3人目を片付けて以降、駆け引きや情感をもうちょっと細やかに
  • ポピールはもうちょっと重要な役所としてハンニバルの犯罪に迫ってくれてもいい。彼があんまり肉薄しないので物足りないのかも。
  • 何より、ハンニバルが「怪物」であることを示す驚くべき要因をもっと盛り込むべきでは。記憶力とか、感情の制御とか。現状では、ポリグラフとポピールの短い尋問くらいしか描かれていないし、ゲームを楽しんでる若いの、というくらいに見える。彼の「怪物」性は情け容赦ない残虐嗜好じゃなくって、自身を完全にコントロールし、単身でも敵を嵌めていく狡猾さにあるんだと思うけども。

 ――なんてえ勝手なテコ入れを考えたことだ。
 美術からやり直さなきゃならない日本趣味の部屋はともかくとして、他の部分はもしかすると、編集だけでかなり修正可だったりしないかな。撮っておいて、時間の制約上捨てた、とかいうことはないだろうか?

 だけどね、通して見て思うのは、折角舞台が東欧とフランスなら、フランスあたりの監督を起用して、ねっとりじっとりとした話に仕上げたら良かったんじゃないかと。この一本だけ取り上げるとほとんどシリーズの他の作品と関連はないし。設定だけスピンアウトした別物として撮った方が、と。
 単品として見たら、それはそれで悪くないと思うんだけどね、この話は。

切腹羊羹

 映画を見たショッピングモールに充実した駄菓子屋があったので、映画までの時間待ちに色々懐かしくもみょーな菓子類を買う。セコイアチョコレートとか。オレンジシガレットとか。子供の頃あんまり買えなかったのが、ここらに来て反動が来ているような気がするのだ。ちなみに梅ジャム付きソーダせんべいなんてのも探したが、この店にはそれらしき物はなし。(もうちょっと大きいので、梅ジャムなしのならあったんだけど、保留)
 切腹羊羹、というか風船羊羹、と呼ばれる物もその一つ。要するにゴム風船の中に丸い羊羹が作られているわけだが、実はこれ、うまく出して食べられた試しがない。
 ぷつ、と穴をあければそこから破れ目が広がってひとりでに出る、と言われているが、実際にはなかなか広がってくれないのをいじりまわしているうちに、そこら辺に転がり出てしまうのだった。
 実を言えば今日もやってしまった。ち、ちくしょう、服やラグにべたべたした汁がっ! 次は負けねえぜ!
 ――と、思ってまた買ってしまいそうなワタクシは、色々本末転倒しているかしら;
#追記:「切腹羊羹」という呼び名はどこで知ったんだったかと思っていたら、どうやら百鬼園先生であったそうな。この↓短編「蜻蛉玉」に出てくるのだが、私はむかーし、この作品をテレビの朗読番組で聞いたことがあって憶えてたんですな。

蜻蛉玉―内田百けん集成〈15〉 (ちくま文庫)

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