死ねば済むと思ってんじゃねえ

緑資源談合:「陰のドン」も自殺 真相解明、闇の中(MSN毎日インタラクティブ)
緑資源機構官製談合事件(yahoo!ニュースリンク)
 それみたことかと言う感じで、気持ちが沈むことである。こういう厭な想像が当たって欲しくはなかったのに。
 農相の死から、直接の影響があったかどうかは分からないけど「ああ、その手があったな」と思わせてしまったんじゃなかろうか。
 基本的に日本人は死者やその周囲の人々には優しいので、こういうことをされるとなかなかこれまでのように手が出せないのだ。私だって、もう反論できない人には礼儀を尽くしたいと思うけれども。
 でも、やっぱりこれは狡いと思うよ。
 死を美化しちゃいかんのです。死にたくないと思い闘いながら無念の終わりを遂げた人ならばまだしも、自分から死に向かっちゃう人々は。
 世間一般にはまだ、「かっこいい死に方」が存在するというイメージがあるようだけども、死んじゃったら誰だって、始末に困る数十キロからの肉塊でしかないんだってば。もっとぶっちゃけて言えば、犬死にでない死に方なんて、ないの。
 私はいつも訃報に遭うと、「魂の安らかならんことを」と書くけれど、これは「あの世に福などあるものか」と思ってるから。だけどその他にもう一つ、魂が存在するかどうか本当のところは分からない、と思うとき、亡くなられた方本人だけでなく、亡くされた周囲の方々の心の平安を願うからでもある。
 キリスト教では自殺者の魂は安らわないと言うそうだけど、本人の魂よりも周囲の人々の心情については、実際その通りであろう。急な事故や病気もどうしようもなく理不尽ではあるけど、自殺はそれに加えて、蔑ろにされた・裏切られたといった心情が加わるからね。