夜更けのスーパーで

 遅くなってから帰り道、スーパーマーケットに入った。
 入り口近くの青果売り場を歩いていたとき、背後から男の人の声が聞こえた。普通の話し声にしては大きいので何事かと振り返ったら、その中年男性は、携帯電話を片手に、話しながらゆっくりと人の少ない売り場を歩き回っていたのだった。
 あなーんだ、でもこんなとこで歩きながら電話しなくてもなあ――と、歩き出しかけて気付いた。その男性の言葉は異様に舌っ足らずで、私には子音の聞き分けがほとんどできないほどだったのだ。
 電話の向こうにいる相手は、ほんとに彼の言っていることが分かるのか?
 そも、本当に彼は誰かと「電話で」話しているのか?
 ……まあ、仮にそうだったとしても、珍しいことでもないけどさ。時々駅や電車の車中でも、連れもないのに一人でずっと話してる人などは見かける。前に見た年輩の女性は、NHKとNTTの暴虐について語り続けていた。

 それはそうと、私がスーパーに来た目的は、多少の生鮮食料品と金槌を買うことだったのだが、スーパーの小規模な金物売り場に金槌までは置いていなかったのだった。
 考えてみれば、夜も更けたスーパーマーケットで金槌を買う客、というのも、それはそれでちょっと妙な客かも。急いで買って帰ったところで、夜中に金槌なんか使ったら近所迷惑だし。
 そう思うと、金槌を置いてなかったのは良かったかも。レジの店員さんをいたずらに不安にさせるよりは。
 でも包丁やカッターなんかは普通に売ってるんだよな。夜更けであろうと相手の人相風体が多少怪しかろうと、レジに持って来られたら売らなきゃならないだろうし。してみると、スーパーの店員というのもなかなか大変なお仕事なんだなあ。