映画美術で思い出した、「地下鉄に乗って」

 見て来た訳じゃなくって(だから[観覧]タグにしていない)数日前にテレビの深夜番組で取り上げていたのだった。この映画の売りの一つは「昭和の風景の再現」なんだ、と言って場面を紹介していたのだけど。
 確かに、各地から借り集めて来たというホーロー看板や家具やレトロなお道具類は本物度を上げている。
 ――だけど、どうもだめですよ、あれは。テレビ画面で見ていてさえ歴然と分かる違和感がある。
 要は小綺麗過ぎる。店先に群がってるおばさんや国民服の少年達の中に、一人として服がすり切れてたりシミがあったりする者がいない。多分下町なんだろうに、みんないいとこの坊ちゃんや奥方みたいにほっぺたがつるつるしている。できものや垢じみたよごれの痕やほこりっぽさもない。こんな感じの下町だったら人だけじゃなく、町の家並みや店の中の物だってもっとごみごみ猥雑になってていいはずなのに。
 それは今現在のスタッフで、現代の観客向けに作る事だから、と言うかもしれない。でもそういう小汚さをちゃんとやってる映画もある。少なくとも「花よりもなほ」はやったそうだ。私は見てないのだが、メイキングDVDは買った。(なんでメイキングだけって、そらタブラトゥーラ演奏のサントラCDが出ないからだよっ)タブラトゥーラのメンバーも数分だけ辻楽士として出演してるそうなのだが(琵琶と太鼓と笛だけね)、関係者の方によると、この撮影の直前にご丁寧に更に埃をつけていたそうである。
 映画って奴は視覚と聴覚の情報だけなのだから、そこでどれだけ観客が体で知っている「皮膚感覚」に近づけるかってのは大事でしょうな。そのように埃っぽく煤けて貧乏たらしい画面にするが故に、一層宮沢りえの美しさ清々しさが際立つという効果だったかもしれんけど。
 「地下鉄に乗って」も良い話らしいんだが、番組で紹介された映像を思い出すに、ちょっと二の足を踏むことだ。現代からタイムスリップしたという主人公達はともかく、町行く人々のあのこざっぱりした様子は、昭和三十年代の東京ではないんじゃないかと。あれならナンジャタウンの「福袋七丁目商店街」の方がそれっぽいような。