好ましい被害者像

イラクの二件の邦人拘束事件は両方とも人質解放で収束し、「自己責任」が取りざたされる昨今。
無事帰れたのは良かったけれども、人質となった人達はこれで人生変わっちゃったんかな、とも思うことである。
先に拘束された三人については、そらPTSDにもなるわなあ、と思う。イラク武装グループのせいでじゃなくて、日本の報道と世論のせいで。確かに危ないとこに行くにしては準備が疎かだったようだが、過去の経歴についてまでほじくり返して叩くほどのことか?
とはいえ、後の事件の二人については、先の三人ほどのバッシングの嵐はないようだけど。
彼等がどうしてこれほど叩かれるのか。理由を思い付く限り上げてみた。
1. 初めての邦人民間人拘束事件で、ほんとに惨殺されるんじゃないかと散々心配・苦労させられた反動。
2. 捕まるような場所に不用意に出かけた軽率さに腹が立つ。
3. 拘束中の家族の態度が傲慢に思える。
4. 被害者三人の解放された後の態度がおめでたすぎて腹が立つ。(思ってたほど悲惨じゃないじゃん、というので1に通じる)
5. 被害者三人の過去の経歴やイラクでの活動を胡散臭く感じる。
6. 被害者三人が帰国しても記者会見で直接話さないのが不誠実だと思う。
7. 被害者三人の容貌や表情が気に入らない。
8. 自衛隊派遣を支持しているので、その障害になるようなことを起こしたことに腹が立つ。(起こしたのは武装勢力だが。でも自作自演疑惑なんてのもありましたね)
こんなとこかな。
1, 7については、本来彼等三人が責められる筋合いでは全くない。1に関しては小泉君を始めとして「反省しろ」と思ってる人が多そうだけど、冷静に考えたら被害者を責める筋合いじゃないことである。彼等にも2の意味合いで問題はあったかもしれないが、心配・苦労の直接の原因は被害者じゃなくて犯人グループ。被害者を責めるのは八つ当たりでしょう。
だいたい、外務省や防衛庁関係者に関しては、こういう場合に交渉や受入準備をするのは元々果たすべき仕事です。警察官が犯罪捜査をするように、消防士が救助活動をするように。慣れない任務で手際が悪かったり焦って空回りしたりしたのは自分たちの準備不足であって。(テロの可能性はかねて散々指摘されてたんだし)今後こういう事件がまた起こる可能性を考えたら、むしろいい経験をさせて貰ったと思っても良いくらい。
それを考えると、外野の世論はともかくとして、首相や閣僚・官僚は、2〜8の理由で気に入らなかったとしても、被害者を責めちゃいかんのです。警察官が取り調べの最中に、犯罪被害者を責めたらまずいでしょう。いかに間抜けで無謀な被害者であろうと、公僕はそう言う人達のためにも分け隔てなく働く立場の筈です。彼等の行為が犯罪でない限り、既に被害にあった人を責め立てちゃいけません。二次被害になります。
で、世論やマスコミについて言うなら。2〜6の理由は、モラルとしてどうよ、という要因ではあっても犯罪ではないのが微妙。いや確かに誰かに迷惑かけてるかもしれないし、正しいとは言いかねるところもありそうな曖昧さがあるけども、それを糾弾できるほど正しい人がそんなにいるんかい日本人、というのが一番ひっかかる。
そんな危ないとこ行くからだ、というあーた、電車に乗り遅れそうだからって閉まりかけたドアに突進したことないですか。車があんまり調子よく走るんで、制限速度30キロオーバーしたことないですか。電気のコンセントをびしょびしょ濡れた手で差し込もうとしたことないですか。汚れまくったガスレンジの火がいつのまにか消えてるようだけども、まいいか、と放置してたことないですか。今のファルージャに行くほど危ないことじゃない、と思うかも知れないけど、どれも下手したら一瞬で死にます。
要するに、彼等のしたことは、そういうことなんだろうなあ、と。あんまりにも愚かで間抜けだけれども、ありふれた日本人にありがちなおめでたさじゃなかろうかと。
そう言う要因が、後に起きた二人の被害者の場合との違いにも絡んでるんじゃなかろうか。先の三人と後の二人の違う点は、1の初めてか良くも悪くも狎れてきてからか、という要因と、それ以外は3、5、6、7といった、もっぱら被害者や周辺への個人攻撃というのが大きそうな気がする。後の二人も拘束された前後の状況は同様のようだが、事件後の対応が全く違う。これは二人の報道陣への対応が冷静に映ったためか、あるいは前の三人に、いち早く「女子供と放蕩者」というイメージが被せられてしまったためか。(本当に放蕩者かまでは存じません。失礼)
どちらにしても、実際に非難されるべき軽率さ、というよりは、イメージの肥大とか偏見という気がする。悲劇の英雄とまではいかなくとも、善良で誠実でしおらしく、という世の中の求める被害者像に、三人が一致しなかったというだけじゃなかろうか。こういう場合、いったん「可愛くない、気に入らない」と感じると大衆は冷たい。
それと。外務省は被害者の帰国にかかった飛行機代などの実費を請求することにしたそうで、家族の出迎え費用も自腹で出してるということだけど。私は救出活動に掛かった費用をある程度負担させる事自体には賛成なんだけど、それにはお役所が欠くべからざる要因があるとも思ってる。
それは、そういう金の掛かる事を手配する前に、家族なり救出された本人なりに対し「こうするとこのくらい掛かるけどいいですね」と確認したのかと言うこと。山岳遭難などの場合は必ずそうしますな。だから場合によっては、遭難者の遺体がどこにあるのかは分かってるけれども、金が掛かる/技術的に困難という理由で、やむを得ず遺族は回収を気候が良くなるまで待つ、というケースもあるのだった。
イラクの事件に戻ると、勝手に金の掛かる手配をして、後から「20億掛かったから払え」はないだろうと。それやっちゃったら押し売りです。詐欺です。払えなかったらやめるのか、と思う方もおられるだろうが、実際そういう状況だってありましょう。大事な家族の命は何物にも代え難いが、どうしたって助けられるだけの予算はない、というのは、非情だけれどもそう珍しくもないのじゃなかろうか。そこで募金を募る、融資してくれるスポンサーを探す、あるいは危険が予測される場合にはあらかじめ保険に入っとく、というのも、正しい努力のうちではなかろうかね。